【20世紀】に活躍した好きな漫画家ランキング

毎日新聞の「20世紀に活躍した好きなマンガ家ランキング」です。
毎日新聞が最大3人までのマンガ家の名前を自由に記入してもらう方式で調べた。名前を挙げたのは全体の回答者3232人のうち1215人で、挙名率は38%だった。挙名者の内訳は男性が51%、女性49%。年代別では、10代後半は10%▽20代21%▽30代19%▽40代22%▽50代16%▽60代8%▽70代以上3%だった。(小数1位を四捨五入したので、合計が100%にならない)
名前が挙がった作家は417人で、延べ人数にすると2401人になる。日本に居住した人で、日本語で表現された作品を発表している人なら国籍は問わなかった。


トップ1011~20位21~30位31~40位41~50位

1~10位

順位 名前・代表作 説明
手塚治虫
(てづか・おさむ)
1928年~1989年
手塚治虫
「鉄腕アトム」
「リボンの騎士」
「火の鳥」
「ジャングル大帝」
「ブラック・ジャック」
ほか

<得票数>
388票
(男211、女177)
日本の現代漫画の草分けとして、いまなお若手作家らに多大な影響を与え続けた。

手塚が漫画を始めたのは故郷大阪での中学生時代から。その後、旧制高校時代に学徒動員で工場生活を送りながらも漫画を描き続け、終戦直後の「マアちゃんの日記帳」でデビューした。

手塚が他の漫画家と違っていたのは初めて漫画にストーリー性を導入、確立したこと。1947年(昭和22年)の「新宝島」では、それまでの単純な児童漫画の構成を打ち破り、画期的なコマ割り、映画的な手法など新機軸をふんだんにとり入れた作風で本格的なドラマ漫画を成立させた。

この時代の小、中学生が手塚漫画に触れ、この中から一流漫画家が多く生まれた。石ノ森章太郎、赤塚不二夫、藤子不二雄らも「トキワ荘」を舞台に手塚を目指して漫画家に育っていった。この現代漫画の創草期の様子は1986年、NHKの連続ドラマ「まんが道」で描かれもした。その後「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」はテレビ・アニメーション化され、さらに「リボンの騎士」などによる少女漫画への貢献でも、手塚は各時代、各時代で多くのファンと漫画家の卵をはぐくみ続けてきた。

数多くの傑作を世に送った手塚のライフワークは、1954年(昭和29年)から描き続けていた大作「火の鳥」。古代からはるか悠久の未来にまでつながるこの連作には人類の死滅と再生が繰り返し描かれ、人間愛とともに深刻なニヒリズムの影も流れていた。安易なヒューマニズムを排した手塚流の社会眼が貫かれたこの作風は、社会漫画でもある近作「グリンゴ」や、悪魔と現代社会との絡みを描いていた「ネオ・ファウスト」にも色濃く流れ、子供だけでなく多くの大人の読者にも感銘を与えていた。
長谷川町子
(はせがわ・まちこ)
1920年~1992年
長谷川町子
「サザエさん」
「いじわるばあさん」

<得票数>
178票
(男60、女118)
日本初の女性プロ漫画家として知られ、日常の家庭生活を題材とする「家庭漫画」のジャンルを確立した。少女時代に「のらくろ」の作者・田河水泡に師事し、1935年、15歳で漫画家としてデビュー。当時は男性が圧倒的多数を占めていた漫画界で早くから才能を発揮し、後に続く女性漫画家たちの道を切り開いた。

代表作「サザエさん」は、終戦翌年の1946年に福岡の「夕刊フクニチ」で連載が始まった。長谷川が福岡の海辺を散歩していた際、サザエ、カツオ、ワカメなど、登場人物に海産物にちなんだ名前を付けることを思いついたという。その後、連載の舞台を「夕刊朝日新聞」や「朝日新聞」朝刊へと移し、1974年までに6500本を超える4コマ漫画が描かれた。

「サザエさん」は、戦後の混乱期から高度経済成長期にかけての日本の一般家庭の暮らしを、明るいユーモアと鋭い観察眼で描き出した作品である。食糧難や住宅事情、物価の上昇、選挙、流行の移り変わり、家庭への電化製品の普及、女性の社会的立場の変化など、その時々の世相が何げない家族の日常に織り込まれている。新聞を開けば、その日のニュースとともに、変化する日本社会を映した「サザエさん」を楽しめるという構成が、国民的な人気につながった。

日常の些細な出来事を題材にしながらも、時代ごとの世相や社会問題を巧みに風刺として取り入れ、4コマの短い物語の中に鮮やかな結末を用意した。サザエをはじめとする登場人物は、決して模範的な善人ばかりではなく、見栄を張ったり、失敗したり、欲に負けたりもする。そうした人間臭さを温かな視線で笑いに変える作風は、子供から大人まで幅広い層に親しまれた。

また、主人公のサザエは、家の中におとなしく収まる従来型の女性像とは異なり、好奇心が強く、思ったことをはっきりと口にし、ときには騒動の中心にもなる行動的な人物として描かれた。磯野家とフグ田家が同居する家庭を舞台にしながら、家族を過度に理想化せず、世代間の食い違いや夫婦のすれ違い、近所付き合いの面倒さまで笑いにした点にも、長谷川町子の現実を見る目の確かさが表れている。

「エプロンおばさん」や「意地悪ばあさん」などの作品でも、庶民の生活や人間関係を題材に、社会の矛盾や人間の身勝手さを風刺した。とりわけ「意地悪ばあさん」では、「サザエさん」の温かな家庭喜劇とは異なる辛辣な笑いやブラックユーモアを前面に出し、風刺漫画家としての表現の幅を示した。

1969年にテレビアニメ「サザエさん」の放送が始まると、その世界は新聞漫画の読者を超えて、さらに幅広い世代へと浸透した。毎週日曜日の夕方に家族で見る番組として定着し、登場人物や磯野家の暮らしは、日本人にとって共通の記憶ともいえる存在になった。原作の連載終了後もアニメは放送を続け、日本の日曜日の夕方を象徴する番組として、その世界観は現代に至るまで愛され続けている。

長谷川は1982年に紫綬褒章を受章し、1992年には没後に国民栄誉賞を授与された。庶民の何げない暮らしを笑いに変えながら、戦後日本の社会と生活の変化を記録した功績は大きい。「サザエさん」は単なる家庭漫画にとどまらず、日本人がどのように暮らし、何に悩み、何を笑ってきたのかを伝える、一種の生活史としての価値も持っている。
藤子不二雄
(ふじこ・ふじお)
藤本弘:1933年~1996年
安孫子素雄:1934年~2022年
藤子不二雄
「ドラえもん」
「オバケのQ太郎」
「パーマン」
「忍者ハットリくん」
「怪物くん」
「プロゴルファー猿」
「キテレツ大百科」
「エスパー魔美」

<得票数>
110票
(男46、女64)
藤本弘(後の藤子・F・不二雄)と安孫子素雄(後の藤子不二雄Ⓐ)が使用した共同ペンネーム。ともに富山県出身で、小学生時代に出会い、漫画好きという共通点から親交を深めた。手塚治虫の「新宝島」に強い衝撃を受け、2人で漫画を描いて雑誌や新聞へ投稿。1951年、「天使の玉ちゃん」で漫画家としてデビューした。

当初は手塚治虫にちなんだ「足塚不二雄」という筆名を使っていたが、1953年から「藤子不二雄」を名乗るようになった。1954年には本格的に漫画家として活動するために上京し、手塚が暮らしていたことでも知られる東京・豊島区のトキワ荘に入居。石ノ森章太郎、赤塚不二夫、寺田ヒロオら、後に日本漫画界を代表する若者たちと交流しながら、互いに技術を磨いた。

藤子不二雄は、すべての作品を2人で共同制作していたわけではない。初期から、それぞれが単独で執筆した作品についても、共通の「藤子不二雄」名義で発表する方式を取っていた。一方、「オバケのQ太郎」のように2人が力を合わせて制作した作品もあり、同作のテレビアニメ化と大ヒットによって、藤子不二雄の名は全国に広まった。

藤本は「ドラえもん」「パーマン」「キテレツ大百科」「エスパー魔美」など、平凡な日常に科学や不思議な存在が入り込む児童漫画を得意とした。安孫子は「忍者ハットリくん」「怪物くん」「プロゴルファー猿」「魔太郎がくる!!」「笑ゥせぇるすまん」などを手掛け、明快な少年漫画から人間の欲望や弱さを描くブラックユーモアまで、幅広い作風を見せた。

特に「ドラえもん」は藤本の単独作品で、1969年に連載が始まった。勉強も運動も苦手な少年・のび太の前に、未来から来たネコ型ロボット・ドラえもんが現れ、「どこでもドア」「タケコプター」「タイムマシン」などのひみつ道具で彼を助ける。子供たちの「こんなことができたらいいな」という夢や願望を道具の形で具現化する一方、安易に道具へ頼った結果、かえって騒動が大きくなるという展開も多い。便利さだけでなく、人間の欲深さや怠け心、自分で努力することの大切さを、説教臭くならない笑いの中に描いた。

藤本は、自らの描くSFを「サイエンス・フィクション」だけではなく、「すこし・ふしぎ」な物語であると説明した。この「すこし・ふしぎ」は藤子不二雄2人の共通理念というより、主に藤子・F・不二雄の作品世界を表す言葉である。どこにでもある町や家庭、学校を舞台にしながら、未来の道具、宇宙人、超能力者、恐竜などの非日常的な存在を自然に入り込ませる。その親しみやすさが、子供たちに科学や未来への想像力を与えた。

一方、安孫子の作品には、藤本作品とは異なる毒気や迫力があった。「笑ゥせぇるすまん」では、人間の心の隙間に入り込む喪黒福造を通じて、欲望に負ける大人たちの姿を容赦なく描いた。また、自伝的作品「まんが道」では、漫画家を夢見た2人の青春やトキワ荘での日々を描き、戦後漫画界の貴重な記録を残した。

2人は1987年にコンビの解消を発表し、その後、藤本は藤子・F・不二雄、安孫子は藤子不二雄Ⓐとして、それぞれの名義で創作活動を続けた。作風には違いがあったものの、子供の夢や冒険心を刺激しながら、人間の弱さや社会の矛盾にも目を向ける姿勢は共通していた。数多くの作品がテレビアニメや映画となり、世代を超えて親しまれたことで、日本の児童漫画、アニメ、キャラクター文化に計り知れない影響を与えた。
鳥山明
(とりやま・あきら)
1955年~2024年
鳥山明
「Dr.スランプ」
「ドラゴンボール」

<得票数>
54票
(男41、女13)
卓越した画力とデザインセンスによって、少年漫画の歴史を塗り替えた漫画家。

高校卒業後はデザイン会社に勤務し、広告やイラストの制作に携わった。この経験によって培われた構図、配色、文字の配置などの感覚は、後の漫画やキャラクターデザインにも生かされた。1978年、「ワンダー・アイランド」で漫画家としてデビューした。

1980年に「週刊少年ジャンプ」で連載を開始した「Dr.スランプ」では、天才発明家・則巻千兵衛と、人間そっくりの少女型ロボット・則巻アラレが暮らすペンギン村を舞台に、ナンセンスギャグとSF的な発想を融合。動物、宇宙人、怪獣、ロボットが当たり前のように共存する世界を、明るくポップな絵柄で描いた。アラレの「んちゃ」というあいさつや、常識にとらわれない行動は社会現象的な人気を呼び、テレビアニメとともに爆発的なブームを巻き起こした。

続く「ドラゴンボール」は、1984年から1995年まで「週刊少年ジャンプ」で連載された。当初は中国の古典「西遊記」を下敷きに、孫悟空とブルマが7つのドラゴンボールを探す冒険活劇として始まった。その後、天下一武道会や強大な敵との戦いを通じて、物語は本格的な格闘漫画へと発展。修業による成長、さらに強い敵の出現、限界を超える変身、かつての敵との共闘といった展開を組み合わせ、後世の少年バトル漫画における王道スタイルを確立した。

特に優れていたのが、複雑な攻防を一読で理解させるアクション描写である。登場人物の位置関係や攻撃の方向を明確に示し、視線の流れに沿ってコマを配置することで、読者は迷うことなく戦いの動きを追うことができた。大胆な構図、効果線、余白、背景の省略を使い分け、静止した紙面の上に圧倒的な速度と衝撃を生み出した。激しい戦闘を描いていても画面が混乱せず、キャラクターがどこで何をしているのかが瞬時に伝わる読みやすさは、鳥山漫画の大きな特徴である。

キャラクター造形でも、丸みを帯びた親しみやすい線と、一目で性格や強さが伝わる明快なシルエットを両立させた。孫悟空、ベジータ、フリーザ、セル、魔人ブウなどは、それぞれ体格や輪郭、表情が大きく異なり、影絵にしても見分けられるほど強い個性を持つ。敵役にもどこかユーモラスな部分を残し、恐ろしさと親しみやすさを共存させるデザイン感覚に優れていた。

自動車、オートバイ、飛行機、宇宙船、ロボットなどのメカニックデザインも高く評価されている。機械としての構造や重量感を感じさせながら、現実の乗り物を適度に変形し、丸みのある愛嬌豊かな姿に仕上げた。人物とメカを一体化させた構図にも巧みで、「Dr.スランプ」や「ドラゴンボール」の扉絵には、1枚のイラストだけで冒険の物語を想像させるような魅力があった。

漫画以外の分野では、1986年に始まったゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズのキャラクターおよびモンスターデザインを長年担当した。単純な形でありながら豊かな表情を持つスライムをはじめ、勇者、魔王、ドラゴン、機械兵などを親しみやすく造形し、同シリーズの世界観を視覚的に決定づけた。このほか「クロノ・トリガー」「ブルードラゴン」などでもキャラクターデザインを手掛け、ゲーム文化にも大きな足跡を残した。

「ドラゴンボール」はテレビアニメ、劇場版、ゲームなどへ展開され、アジア、ヨーロッパ、北米、中南米をはじめ世界各地で熱狂的に支持された。孫悟空の成長や仲間との友情、強敵に何度敗れても立ち上がる姿は、国や言語を超えて受け入れられた。そのスピード感あふれるアクション描写や独創的なキャラクター、メカニックの造形は、漫画家やアニメーターだけでなく、映画監督、ゲーム制作者、海外のコミック作家にも多大な影響を与えた。

2024年3月に亡くなるまで、「ドラゴンボール」シリーズや「SAND LAND」などの創作に関わり続けた。鳥山明は、漫画、アニメ、ゲームという異なる分野で、世界中の人々が瞬時に理解し、好きになれるキャラクターを生み出した稀有な存在だった。日本の漫画・アニメを世界規模のコンテンツへと押し上げ、「MANGA」や「ANIME」が国境を越えて親しまれる道を切り開いた最大の功労者の一人である。
あだち充(みつる)
1951年~
あだち充
「タッチ」
「みゆき」

<得票数>
47票
(男22、女25)
野球をはじめとするスポーツと恋愛、友情、家族関係を組み合わせ、独自の青春漫画を築き上げた漫画家。1970年、「消えた爆音」でデビューした。当初は原作者の付いた作品を多く手掛けていたが、自ら物語を構成した「ナイン」などを通じて、スポーツの勝敗以上に、その周囲で揺れ動く少年少女の心を描く作風を確立した。

あだち作品は、単純にスポーツ漫画とラブコメディを並べたものではない。野球や水泳、ボクシングなどの競技は、登場人物が言葉にできない思いや、友情、嫉妬、喪失感を表面化させる舞台として機能している。試合の技術や戦術を長々と解説するよりも、マウンドに立つ表情、ベンチから送られる視線、試合後の短い会話によって、人物同士の関係を描き出すことに長けている。

代表作「タッチ」では、双子の兄弟・上杉達也と上杉和也、幼なじみの浅倉南を中心に、恋愛と野球、家族の絆を描いた。当初は努力家で野球部のエースである和也と、何事にも本気を出さない達也という対照的な兄弟の物語として始まる。しかし、和也の突然の死によって物語の空気は一変し、達也は弟の夢や南との約束、自分自身の思いを背負って野球に向き合うことになる。

「タッチ」における甲子園は、単なる全国大会の頂点ではない。亡き弟が目指した場所であり、南との約束の場所であり、達也が自分の人生を取り戻すための目的地でもある。大きな悲劇を感情的な台詞で過度に説明せず、残された人物たちの日常や沈黙の中に悲しみをにじませたことで、一般的な熱血野球漫画とは異なる深い余韻を生み出した。

その後も「H2」「クロスゲーム」「MIX」などで野球を繰り返し題材にしながら、同じ物語をなぞることはなかった。「H2」では親友であり恋の競争相手でもある2人の野球少年を、「クロスゲーム」では少女の死によって結び付けられた少年とその妹を描いた。「MIX」では「タッチ」と同じ明青学園を舞台に、過去の栄光と新しい世代の青春を重ね合わせている。甲子園という共通の目標を用いながら、家族構成や恋愛関係、喪失の意味を変えることで、それぞれ異なる青春を描いてきた。

野球以外の作品も多い。「みゆき」では、血のつながらない妹と同級生の恋人との間で揺れる少年を中心に、スポーツを前面に出さない恋愛劇を展開した。「ラフ」では競泳と高飛び込み、「KATSU!」ではボクシングを題材にし、「陽あたり良好!」では下宿生活を舞台に若者たちの友情と恋愛を描いた。競技の種類が変わっても、表面上は軽口を交わす人物たちが、胸の内に複雑な感情を抱えているという構図は一貫している。

最大の特徴は、言葉で説明しすぎず、背景や「間」、余白を使って登場人物の心情を表現する演出にある。誰もいないグラウンド、夏空に浮かぶ雲、校舎の窓、静かな住宅街、風に揺れるカーテンなど、人物の描かれていないコマを挟むことで、時間の経過や感情の変化を読者に感じ取らせる。重大な出来事の直後にも、あえて何げない日常風景を置き、悲しみや戸惑いを直接描かない。この映画的で詩的な演出が、あだち作品特有の余韻を生み出している。

絵柄は簡潔で親しみやすく、派手な描き込みに頼らない。一方、投手の投球動作、打者のスイング、水泳選手のフォームなど、スポーツの動きは正確かつ流麗に描かれている。試合の緊張感が高まった場面でも、突然ギャグを挟んだり、作者自身を登場させたり、登場人物の顔が似ていることを自ら笑いの材料にしたりするなど、深刻になりすぎない軽やかさも持ち味である。

主人公の多くは、感情を大げさに表へ出さず、冗談や無関心を装って本心を隠している。そのため、何げない一言や一瞬の表情が大きな意味を持つ。ヒロインも単なる恋愛の対象ではなく、自分の夢や意志を持ち、ときには主人公を導く存在として描かれる。読者にすべてを説明せず、台詞の裏にある気持ちを想像させることによって、作品に繰り返し読み返せる奥行きを与えている。

「タッチ」と「みゆき」は1982年に小学館漫画賞を受賞し、「クロスゲーム」も2008年に同賞を受賞。単行本の累計発行部数は2億部を超えている。高校野球、夏空、幼なじみ、届きそうで届かない恋、若者が経験する別れや後悔といった題材を、時代が変わっても色あせない物語へと昇華してきた。熱血だけでは語れないスポーツ漫画と、甘さだけでは終わらない恋愛漫画を完成させた、青春漫画の第一人者である。
井上雄彦
(いのうえ・たけひこ)
1967年~
井上雄彦
「SLAM DUNK」
「バガボンド」

<得票数>
42票
(男30、女12)
バスケットボール漫画「SLAM DUNK」で、日本中にバスケットボールブームを巻き起こした漫画家。鹿児島県出身で、北条司のアシスタントを経て、1988年に「楓パープル」でデビューした。1990年から「週刊少年ジャンプ」で「SLAM DUNK」の連載を開始し、競技経験のない不良少年・桜木花道が、湘北高校バスケットボール部で仲間と出会い、選手として成長していく姿を描いた。

物語は、桜木の破天荒な言動を中心とする学園コメディとして始まるが、彼がバスケットボールの面白さに目覚めるにつれて、本格的なスポーツドラマへと変化していく。流川楓、赤木剛憲、宮城リョータ、三井寿ら湘北の選手には、それぞれ異なる過去や挫折、競技を続ける理由が与えられている。個人の才能だけでなく、性格も目的も異なる選手たちが1つのチームになっていく過程を描いたことが、作品に大きな厚みをもたらした。

試合描写では、選手の重心移動、ジャンプ、着地、接触、疲労などを現実の競技に即して描き、コート上の位置関係も明確に示した。選手の息遣い、流れる汗、床を踏みしめる足、ボールが手を離れる瞬間を細かく切り取り、数秒間の攻防を何ページにも引き延ばすことで、読者を試合会場にいるかのような緊張感へ引き込んだ。超人的な必殺技に頼らず、基礎練習や戦術、体力、心理的な駆け引きを積み重ねて勝敗を描いた点も画期的だった。

同時に「SLAM DUNK」は、単なる勝利や全国制覇の物語ではない。桜木が地道な練習を通じて自分の役割を見つけていく姿、挫折して競技から離れた三井がコートへ戻る姿、主将の赤木が長年抱いてきた夢などを通じて、人間が何かを本気で好きになる瞬間を描いている。試合に勝つこと以上に、競技へ向き合うことで登場人物の生き方が変わっていく点に、スポーツ漫画の枠を超えた青春ドラマとしての価値がある。

漫画とテレビアニメは日本だけでなく、中国、韓国、台湾、香港をはじめとするアジア各地でも絶大な支持を集めた。特に1990年代に少年時代を過ごした世代にとって、桜木や流川、湘北高校の選手たちは共通の青春の記憶となった。作品をきっかけにバスケットボールを始めた若者も多く、「SLAM DUNK」はアジアにおけるバスケットボール人気の拡大にも大きな役割を果たした。登場人物の台詞や名場面が国境を越えて共有されるほど、東アジアの大衆文化に深く浸透している。

1998年に連載を始めた「バガボンド」では、吉川英治の小説「宮本武蔵」を原作に、剣豪・宮本武蔵の生涯を独自の解釈で描いた。単に敵を倒して強くなる物語ではなく、「本当の強さとは何か」という問いを中心に、武蔵の孤独、恐怖、自尊心、自然との対話を描いている。ペンによる緻密な線に加え、筆と墨を用いた大胆な濃淡やかすれを取り入れ、人物の肉体や風景、空気の湿り気まで感じさせる画面を作り上げた。

1999年に始まった「リアル」では、車いすバスケットボールを題材に、事故や病気によって人生を大きく変えられた人々の再生を描いている。障害を単純な感動の材料にせず、怒り、劣等感、家族との摩擦、社会との距離、競技者としての自尊心を正面から描写した。スポーツによってすべてが解決するのではなく、自分の身体や過去を受け入れながら、一歩ずつ生き方を取り戻していく過程に重点が置かれている。

「SLAM DUNK」「バガボンド」「リアル」は、題材も時代も異なるが、いずれも「人間にとって強さとは何か」という問いでつながっている。圧倒的な才能を持つ者だけでなく、失敗し、傷つき、自分の弱さと向き合う者を描き続けてきた。筆と墨を駆使した絵画的な表現から、無音のコマが生む緊張感、映画における映像と音響の演出まで、媒体の違いを越えて表現の可能性を追求している。その画力と人物描写は、漫画という物語表現を保ちながら、しばしば美術作品にも匹敵する領域へ達していると評価されている。

2022年公開の映画「ファースト・スラムダンク(THE FIRST SLAM DUNK)」では、井上自身が監督と脚本を務めた。手描きの線の感触を残した映像と3DCGを融合させ、選手の動きやコート上の距離感を現実のバスケットボールに近い形で表現した。音楽や台詞を抑え、ボールの弾む音、シューズが床をこする音、選手の呼吸を前面に出した演出によって、観客が試合をその場で見ているかのような臨場感を生み出した。漫画で培った「間」と視線の誘導を映像へ移し替え、映画監督としても高い評価を得た。

「THE FIRST SLAM DUNK」は国内興行収入150億円を突破し、2023年の国内興行収入第1位を記録。海外でも、中国本土で9000万ドル超、韓国で3500万ドル超の興行収入を記録するなど、特にアジアで大ヒットした。連載終了から四半世紀以上を経ても観客が劇場へ押し寄せた事実は、「SLAM DUNK」が一時代の人気漫画ではなく、世代を超えて受け継がれるアジア共通の青春作品になっていることを証明した。
宮崎駿
(みやざき・はやお)
1941年~

<代表作>
「風の谷のナウシカ」
「となりのトトロ」

<得票数>
42票
(男13、女29)
世界的なアニメーション映画監督として知られるが、漫画家としても傑出した才能を持つ。特に漫画版「風の谷のナウシカ」は、映画版では描ききれなかった深遠なテーマ、人間と自然の対立、戦争と平和、そして生命の尊厳について、緻密な書き込みと共に重厚に描かれた大作である。

その思想的・哲学的な深みは多くの読者に衝撃を与え、映像作家としての側面とはまた異なる、宮崎駿の作家としての根幹をなす仕事として高く評価されている。
本宮ひろ志
(もとみや・ひろし)
1947年~

<代表作>
「サラリーマン金太郎」
「俺の空」

<得票数>
40票
(男35、女5)
男の野望、立身出世、そして豪快な生き様を描く劇画の巨匠。エネルギッシュで破天荒な主人公たちが、社会のしがらみを打ち破りながら突き進む姿は、多くの男性読者から熱狂的な支持を集めた。

「サラリーマン金太郎」のように、組織の中で戦う男の姿を描いた作品は、ビジネスマンのバイブルとしても親しまれている。時代が変わっても「男としての強さとは何か」を問いかけ続ける、骨太な作風が特徴である。
青山剛昌
(あおやま・ごうしょう)
1963年~

<代表作>
「名探偵コナン」
「YAIBA」

<得票数>
36票
(男13、女23)
ミステリー漫画の第一人者。「名探偵コナン」は、巧みなトリックとスリルあふれる展開、そして主人公たちのラブコメディ要素が見事に融合し、国民的な長期連載作品となっている。

子供から大人まで楽しめるエンターテインメント性の高さに加え、個性豊かなキャラクターたちが織りなす人間ドラマも魅力。謎解きの面白さを漫画というメディアを通じて広く浸透させ、ミステリージャンルの裾野を大きく広げた功績は大きい。
10 ちばてつや
1939年~

<代表作>
「あしたのジョー」
「あした天気になあれ」

<得票数>
34票
(男28、女6)
スポーツ根性漫画に、深い人間ドラマとリアリズムを持ち込んだ巨匠。「あしたのジョー」(原作:高森朝雄)における、主人公・矢吹丈が真っ白に燃え尽きるラストシーンは、漫画史に残る名場面として語り継がれている。

キャラクターの生活感や温かみのある描写も特徴で、貧しさや苦境の中でも懸命に生きる人々の姿を、愛情を持って描き続けてきた。その作品群は、単なる勝負事の描写を超え、人生の哀歓を読者に訴えかける力を持っている。

トップ1011~20位21~30位31~40位41~50位

11~20位

順位 名前 説明
11 松本零士
(まつもと・れいじ)
1938年~2023年

<代表作>
「宇宙戦艦ヤマト」
「銀河鉄道999」

<得票数>
32票
(男26、女6)
壮大な宇宙ロマンと哲学的なテーマを描いたSF漫画の巨匠。SFブームを牽引し、松本アニメと呼ばれる独特の耽美的なキャラクターとメカニックデザインは一世を風靡した。「男のロマン」や「命の有限性」を問いかける作風は、多くの少年の心に深く刻まれている。
12 秋本治
(あきもと・おさむ)
1952年~

<代表作>
「こちら葛飾区亀有公園前派出所」
「Mr.Clice」

<得票数>
26票
(男23、女3)
「こち亀」を40年間にわたり一度も休載することなく連載し続けた鉄人。ギャグ漫画でありながら、その時代の流行、技術、世相を敏感に取り入れ、日本の現代史の資料的価値さえあると言われる。緻密なメカ描写と人情味あふれるストーリーで幅広い世代に愛された。
池田理代子
(いけだ・りよこ)
1947年~

<代表作>
「ベルサイユのばら」
「オルフェウスの窓」

<得票数>
26票
(男0、女26)
少女漫画に歴史ロマンという壮大なジャンルを確立した革命児。「ベルサイユのばら」は社会現象となり、宝塚歌劇団の代表演目としても定着した。性別を超えた人間愛や、歴史の奔流に翻弄される人々の姿をドラマチックに描き、女性の生き方にも大きな影響を与えた。
さくらももこ
1965年~2018年

<代表作>
「ちびまる子ちゃん」
「COJI-COJI」

<得票数>
26票
(男0、女26)
自身の子供時代をモデルにした「ちびまる子ちゃん」で、昭和の日常をコミカルかつノスタルジックに描き、国民的アニメの原作者となった。エッセイストとしても卓越した才能を発揮し、独特のシニカルな視点と温かいユーモアが同居する世界観は、多くの読者に笑いと癒やしを提供した。
15 赤塚不二夫
(あかつか・ふじお)
1935年~2008年

<代表作>
「天才バカボン」
「おそ松くん」

<得票数>
25票
(男17、女8)
「ギャグ漫画の王様」と称され、ナンセンスギャグというジャンルを切り開いた。常識を覆す破壊的なユーモアと、「シェー!」などの流行語を生み出すキャラクター造形力は圧倒的。晩年まで「これでいいのだ」という肯定的な精神で、多くの人々に笑顔を届けた。
さいとう・たかを
1936年~2021年

<代表作>
「ゴルゴ13」
「サバイバル」

<得票数>
25票
(男21、女4)
「劇画」という呼称を定着させ、大人が読む漫画の地位を確立した。プロダクション形式による分業制をいち早く導入し、「ゴルゴ13」は単一漫画シリーズとしての最多巻数でギネス世界記録に認定された。国際情勢を反映した骨太なストーリーは、半世紀以上にわたり読み継がれている。
弘兼憲史
(ひろかね・けんし)
1947年~

<代表作>
「課長 島耕作」
「人間交差点」

<得票数>
25票
(男21、女4)
団塊の世代を代表する作家であり、サラリーマン漫画の金字塔「島耕作」シリーズで知られる。徹底した取材に基づき、日本のビジネス社会のリアルな実情や人間模様を描写。大人の鑑賞に堪えうる情報漫画としての側面も持ち、ビジネスマン層から絶大な支持を得ている。
横山光輝
(よこやま・みつてる)
1934年~2004年

<代表作>
「鉄人28号」
「三国志」

<得票数>
25票
(男50、女5)
巨大ロボット漫画の元祖「鉄人28号」から、魔法少女、忍者もの、そして歴史大作「三国志」まで、多岐にわたるジャンルで傑作を残した天才。「三国志」は、漫画を通じて中国史に触れる入り口として、数多くの読者に読み継がれるバイブルとなっている。
19 水木しげる
(みずき・しげる)
1922年~2015年

<代表作>
「ゲゲゲの鬼太郎」
「悪魔くん」

<得票数>
24票
(男14、女10)
妖怪漫画の第一人者であり、日本に妖怪文化を定着させた功労者。極細のペンで描かれる緻密な背景と、ユーモラスなキャラクターの対比が特徴。過酷な戦争体験に基づく戦記漫画や、独自の幸福論を説いたエッセイ漫画など、その精神性の深さでも尊敬を集めた。
20 大和和紀
(やまと・わき)
1948年~

<代表作>
「あさきゆめみし」
「はいからさんが通る」

<得票数>
23票
(男0、女23)
古典文学「源氏物語」を漫画化した「あさきゆめみし」は、華麗な絵巻物のような美しさで、古典への敷居を下げた名作として教科書的な役割も果たしている。自立した女性の姿を明るく描くラブコメディの名手でもあり、長きにわたり少女漫画界をリードし続けている。

トップ1011~20位21~30位31~40位41~50位

21~30位

順位 作家名 投票数
(男性、女性)
主な作品
21 高橋留美子 22票
(男10、
女12)
うる星やつら、めぞん一刻
22 梶原一騎 21票
(男19、
女2)
巨人の星、愛と誠
23 田河水泡 20票
(男17、
女3)
のらくろ、蛸の八ちゃん
水島新司 20票
(男17、
女3)
ドカベン、あぶさん
25 矢沢あい 19票
(男11、
女8)
ご近所物語、マリンブルーの風に抱かれて
26 美内すずえ 18票
(男0、
女18)
ガラスの仮面
27 石ノ森章太郎 17票
(男11、
女6)
仮面ライダー
植田まさし 17票
(男9、
女8)
コボちゃん
浦沢直樹 17票
(男11、
女6)
YAWARA!
尾田栄一郎 17票
(男8、
女9)
One Piece
神尾葉子 17票
(男0、
女17)
花より男子
森川ジョージ 17票
(男15、
女2)
はじめの一歩

トップ1011~20位21~30位31~40位41~50位

31~40位

順位 作家名 投票数
(男性、女性)
主な作品
33 いがらしゆみこ 16票
(男11、
女5)
キャンディ・キャンディ
34 しげの秀一 15票
(男13、
女2)
頭文字D
35 白土三平 13票
(男11、
女2)
カムイ伝
36 里中満智子 12票
(男0、
女12)
天上の虹
萩尾望都 12票
(男11、
女1)
ポーの一族
38 一条ゆかり 11票
(男0、
女11)
有閑倶楽部
雁屋哲 11票
(男7、
女4)
美味しんぼ
原哲夫 11票
(男9、
女2)
北斗の拳
モンキー・パンチ 11票
(男7、
女4)
ルパン三世

トップ1011~20位21~30位31~40位41~50位

41~50位

順位 作家名 投票数
(男性、女性)
主な作品
42 上田美和 10票
(男0、
女10)
Oh!myダーリン
富樫義博 10票
(男6
女4)
幽☆遊☆白書
古谷実 10票
(男6
女4)
行け!稲中卓球部
やなせたかし 10票
(男0、
女10)
それいけ!アンパンマン
横山隆一 10票
(男5、
女5)
フクちゃん
47 青木雄二 9票
(男8、
女1)
ナニワ金融道
川崎のぼる 9票
(男7、
女2)
巨人の星
深見じゅん 9票
(男0、
女9)
ぽっかぽか
みつはしちかこ 9票
(男1、
女8)
小さな恋のものがたり
やまさき十三 9票
(男6、
女3)
釣りバカ日誌

トップ1011~20位21~30位31~40位41~50位